あおりんごの凡ぶろぐ

美大を卒業した後、色々な経験を経て、現在は個人事業主&作家活動中

アレルギーで発熱

一週間ほど前から体調が悪い。
でも気にするほどでもないかなーと思ったら、今朝悪化。
病院に行きたかったけど、整骨院予約してたからそちらを優先。

ご飯をたべてからデパートを散策していたところ、巨大な錦鯉が三尾ビニールプールで泳いでいた。
早速スマホカメラで撮影しているとスタッフの方が「撮影は大丈夫です。しかし鯉はスマホカメラを鳥の眼と勘違いして寄って来ないことが多いです。」と伝えていた。
しかし私がビニールプールに寄った途端、私と真反対の方向にいた鯉たちが急に私の方へ泳いできて、私の目の前のビニールプールの縁をツンツンと口で押しました。
挨拶してくれているのかな?
それが2、3回。
すると、だんだん身体の皮膚が服と擦れてチリチリと痛みが出てきて嫌な予感がしたので鯉から離れて病院へ向かいました。

さて、専門病院を探すもどこも予約制。
諦めかけていると家の近所に新しい小さな専門病院を発見。
一縷の望みをかけて入ってみると、初診の当日受付可能!
熱を測ってみると36,9度。
私の平熱は35度なので少し高かった。
しかもその病院の張り紙には『37度以上の熱がある方は診療不可』と書いてある。
ギリギリ診察可能となりました。

患者さんはたくさん待っているので1、2時間待つという。
どこかカフェでも行こうかと考えたものの、体温が1、2度上がるだけでもしんどい。
重たい身体を引きずって、少し暑いから施設の外ベンチで本を読む。
1時間ほど経ったとき、風が冷たくなってきたので病院へ向かうことにした。
向かっている途中、ちょうど診察時間のお知らせの着信。
2時間待たなかった。

病院には3分ほどで到着。
すぐに診察は始まった。
そして「よく換気を忘れたりマスク忘れた専門職の方がなる症状です」と言われる。
まさかの・・・・そして心当たりがあった。

薬をもらって、早速家で飲む。
熱が上がる予感がするから、39度超えたら解熱剤を飲もうと決める。
寒気と共に肌がチクチクと敏感でとても不快。
肌に触れるもの全てが痛い。
前もなんかの風邪薬で神経過敏になって冷たい水を触ったらめちゃくちゃ痛かったな。
今回は薬飲む前から痛いんだけど。
身体の細胞の酸化が原因だとどこかで読んだ。

1時間寝て、2時間起きていると熱が下がっていく。
身体の節々は痛いけど、なんとか治りそう。
よく頑張った私の身体。

熱を出すためにエネルギーを使ったのか、急にお腹が空く。
お弁当を少しだけ食べ、再びもらったお薬を。
解熱剤は使わずに済みそうだ。

そういえば、最近忙しかったかも。
今週も先約がある日にボランティアの話が来て、二つまとめて行けないか相談していたところだった。
無理するなってことですかね。
ボランティアはお断りしました。

今週は身体を整えてゆっくりしよう。

もしかして、あの鯉たちは挨拶じゃなくて本能的に弱っている生き物のそばに寄ってきただけなのかな。
犬猫もそういうところあるものね。

今週のお題「人生変わった瞬間」



リアル推し事

久しぶりに記事連投。
私のリアル推しこと大学の先輩と連絡を取り合っていたところ。
なんと“お茶のお誘い“を頂いたのです。
予定はちょっと先なんだけど。

おすすめ映画を教えてもらったあたりからなんとなく“この人は私と思考のコミニュケーションが取りたいようだ“とわかってはいたのです。
しばらく文章でのやり取りを行いました。
でも思考の話だとどうしても長文になってしまうため、お茶に誘ってくれたみたいです。

メッセージのやり取りをしていたら。
先輩から急にすんごい直球投げて来たり、ひとり慌てふためいている様子が文章だけでもわかるほど取り乱している。
ここで既に私は先輩からかなりの好意を感じ、可愛いと思い始める。

でも待って、私が先輩に会ったのって
・大学卒業以来会ってない空白の10年間(先輩後輩の関係)
・最近だと先月のグループ展に来てくれて一度話しただけ
先輩に何が起こった?
しかも私のSNSの記事もほとんど遡って読み込んだみたい。
どうしたどうした。

私までドキドキが伝わってきたのか、考えたくなくて少し多く眠ってみた。
寝ても覚めてもまだ頭の中をぐるぐると先輩の言葉が舞う。
作業も全然進まない。
これは“悩み“になっているし、精神衛生上よろしくない。
よし、ここは一旦お茶とお菓子を食べながら落ち着いて中身を書き出そう。

・今起こっていること。
・今思っていること。
・そして今後の自分へのメリット&デメリット。

結論:今悩んでも何にもならない。先輩とどうこうなったところで私には失うものは特にない。それよりもどうしたらお互いに2人でも1人でももっと楽しめるのかを考えた方がいい。

ここから“悩み→考え“にシフトします。
お互いがワクワクすること・・・・・そういえばこの前は先輩が唐突におすすめの映画を教えてくれて、私はそれをひとりで観に行って、観た後にお互い感想を言い合ったの面白かったな。
私はよく本を読むし、もしも先輩のオススメ本があったら貸し借りできたらいいな!と思いついて私から先輩へご提案。

ざっくりとしたルール
・中身は内緒
・ジャンル問わず
・自分が面白いと思ったもの
・相手が読んだことなさそうなもの
・上記を踏まえた厳選の一冊

それを交換して読んで、読み終わったら感想とか話す。
貸し借りするときに会う口実にもなるでしょう。
先輩も面白そうと賛成してくれました。

『本棚はその人の頭の中身』と言う表現があります。
そうやって少しずつ、本の内容や感想やお互いの視点を話し合っていけたら、好みとか考え方がわかるんじゃないかな。と思ったのです。
先輩は一体どんな本を貸してくれるのかなー楽しみだな。
今回は本で次回はCDとかDVDもいいな。
実際、媒体はお互いがそれぞれ大切にしているものであれば何でも良い。

せっかく文学や作品の話が出来そうな人に会えたんだ。
元々学生時代から私は先輩にある程度の好意はあるけれど(なんたって推してたくらいなので)これからは会話や思考から理解を深めていけたらいいなと考えている。

今週のお題「人生変わった瞬間」

残金1000円でセレブな街へ出かけた話

急遽作品を直接お渡しすることになり、セレブな香りのする街へ。
でも作品渡すだけだし、といつもよりも身軽なバッグに変えて出かけました。

最寄りの改札口にて財布の中身を確認したところ。
バッグを変えたことによりクレジットカード類全部家に忘れていたのです。
財布の中には1000円札と数百円。

▷家に戻る
▶︎そのまま行く

なんとなくだけど「心配しないでそのまま行ってごらん」と感じ、そのまま行くことに。
待ち合わせより1時間早く到着したので美術館へ寄ってみました。
色んな展示会があります。
スタッフの方に展示内容を聞いてみます。
セットにすると予算オーバーだし時間的にも無理そうなので3つの展覧会の内ひとつを選択することに。

▷日本の新進作家
▶︎野口里佳
星野道夫

野口里佳さんの「不思議な力」のチケットを700円で購入。
ギリギリだと心細くもなるんですが、何故かちょっと楽しくなってました。
作品の中に野口さんの見る不思議と、私の見る不思議が重なるのか?と思いました。
見てみると、納得の不思議さ。
カメラだからこそできること、不思議に撮れるものがある、留められる時がある。
そんな展示でした。
おすすめです。

グッズ売り場にて
▷本を買う
▶︎本を買わない

今考えてみると交通系ICカード使えばギリギリいけたのですが、流石に心配になって買わなかったです。

ちょっと早めに待ち合わせのレストランに到着。
お客さまとお喋りしながら、作品についてお話ししていました。
もうひとりのお客さまが到着。
作品も無事お渡しできました。
ご飯代大丈夫かな?とふと思ったけど、結局ご馳走になりました。

そして家まで無事に帰宅。

いつもならクレジットカード忘れたりしないし、ちゃんとチェックする場所なのです。
なのに忘れた。
改札着くまで気付かなかった。
そして「心配しないでそのまま行ってごらん」と感じたんです。
実際平気だったんですけど。

たまにそういうことしてくる。
ちょっとスリリングだけど、この世はどうにかなるように出来てるな。ということが多い。
これこそ不思議な力ですね。
これは多分みんなに起きてることなんだけど、みんな気付かないように生きてるなと思って。

今週のお題「人生変わった瞬間」

推し活3連続!生きてる?息してる?大興奮の一週間



先週は推し活3連続につき、自分が息してるか不安になりました。
BTS exhibition

・リアル推しからの連絡

・大ファンの漫画家さんのサイン会初参加




BTS exhibition】

行きました?
見ました?
あり得ない大きさの推しが拝めますよね。
お顔のつくりをじーっと観察してしまいます。
利き目により、どちらかが二重でどちらかが一重のメンバーが多い中、ナムさんとジミンちゃんはどちらも特徴のある一重で、それも個性が出ていて素敵でしたね。
チェキの展示もあったり、あのMVの場面に使われたアレとかもね。
個人的に一番印象的だったのは、モナリザ並みにメンバーそれぞれと目が合っちゃう展示でしたね。
目が合った途端に気の抜けた声を出したのはあおりんごです。
ARMYの皆さんはそれぞれ息を呑んで静かに大好きなメンバーを見つめられていました。
グッズもありましたが、お土産という感じです。

【リアル推しからの連絡】

展示にも足を運んでいただいた美大の先輩から連絡がありました。
私は学生時代から先輩のファンなのです。
まさか連絡くれるとは思いませんでした。
映画を観たという私に、最近観たおすすめの映画「アフターヤン」を教えてくれました。

上映している映画館は限られていましたが、翌日その映画館近辺で用事があったので予約して観てきました。
私には合わなかったのですが、先輩はこの映画のどこに惹かれたのか聞いてみたいと思います。

【サイン会】

遠方にお住まいの作家さんなのですが、小さい頃から作風が大好きで今でもたまにこの方の作品から影響を受けたものを作っていると自分でも感じるほど大好きです。
整理券をゲットするため、朝早くから準備をして出かけました。
整理券はなんと、ギリギリ一桁台!
サイン会では初めてお会いしました。
モジャモジャでユニークな方でした。
私の大好きな作家の作品を持っていき、サインしてもらい満足でした。
これからも作品を読み考え続けていきたい。

【↑の影響による体調の変化】

あまりにも興奮し過ぎて眠れぬ日々のおかげで吹き出物と口内炎が同じ場所に出来ました。
医者に診てもらわずともこれは不摂生が原因での体調不良サインだとわかります。
そういえばここ半年ほど薬膳を意識してなかった気がする。
精神は安定してきたのだから、身体も大切にせねば。
そう思い立ち、一晩水で戻した小豆をコトコト煮出した最初の透明度の高い煮汁を飲んで、体内の“湿“を体外に出すようにしています。
煮込んだ小豆自体もホクホクでこれまた美味しい。
濃い色のものは鉄分が多いのも良いです。
胡麻も栄養価高いし、しらたまを作って小豆と一緒に食べても美味しい。

【映画について】

お薦めされた映画を観て。
私は正直に「自分には合わない」と思いました。
原因は、自分が色んな国の文化について興味を持って調べ知見を深めてきたから、背景や内情を知っているとどうしてもそれについてのリスペクトが低い作品を観ると違和感を感じて、素直に作品を受け入れることが出来なくなってしまうからでした。
私は文学を深めることが好みなタイプのオタクなのです。
監督のこの映画について言いたいことはわかります。
叔母とこの映画について話していたら「まぁそういう適当な映画もあるよね」と言ったところでした。
ジャンル問わず作品制作においてもそうだけど、ある程度の適当さは必要だと私も思う。
だけど、それにしても、矛盾している点が目立つ。

どうして韓国人に中国人の役を配したのか。
その歴史的背景やリスペクトがあれば、もう少し違った方法があったのではないか。
私たち日本人だって西洋人からしたら見分けがつかず「中国人?」と言われることもある。
台湾人だって歴史的背景からしても現在でも「中国人?」と聞かれたら複雑な気持ちになる。
中国人と聞かれるのが悪いと言っているわけではなくて、西洋からすればアジアで一番大きくて色んな意味でわかりやすいのは「China」なだけなのだとわかっていても、それぞれの人にとっての背景に対する配慮があれば、話しているうちに「どこの国から来たのか」を自然と話すことができるはずなのに、最初から決めつけている点に疑問を感じるのだ。
誰にだって間違いはある。
だけど、背景も知った上での配慮と、背景を学ぼうとせずにする言動とではあまりにも差があるし、失礼で無神経なことだとは思いませんか。
だから世界史や歴史を学ぶことが大切なのだとまた改めて思いました。

この映画を観た後に、カフェで内容を振り返ったり、考えをまとめてみました。
そこで「色んな家族、色んな愛の形についての考え」に辿り着きました。
私の家族の中には血の繋がっていない方がひとりいました。
けれども私がその人を家族ではないと思ったことはありませんし、知ってからも家族だと思っていました。
そして更に気付いたのです。
その人が亡くなった年、私は25歳。
そう、以前にもブログに書いた“80歳までの人生プラン“を考えた時期と重なったのです。
そして近年でも、私の家族が亡くなりました。
その年に私は“目を瞑っていて見えるものが存在する“と確信する出来事が多く起きるようになったのです。
皆が私が生まれる前に計画してきたことを思い出せるように、気付かせるようにしてくれていることがわかりました。

それに今に始まったことではありませんが、飼っている動物は家族同然ではないですか。
というか当然のように家族として扱っているかと思います。
血は繋がっていますか。
種類が違うのに、そんなことありませんよね。
血液については、遺伝という設計図の意味はあるかもしれませんが、家族かそうでないかということについては意味をなさないものに思えます。

監督が言いたいことを抽出し、更に自分がもしも監督ならばどう構成するかを考えてみることも面白かったです。

「合わない」「苦手」「嫌い」と言うのは簡単です。
それを分析したり、考えて、どうやって自分のものとして消化するのか。
私にはこの方法が最近合っているように思うのです。

私にはこの映画は合いませんでしたが、ここまで思考を巡らせられたのは監督の思い通りというところなのです。

お題「ゆっくり見たい映画」

COVID-19感染によるコミニュケーション変化

9月初旬、私はコロナに罹りました。
それによって受けた影響について書こうと思います。

コロナ禍で遠出するなど、数年間考えたこともありませんでした。
しかしふと思い立ち、新幹線を使って遠方の美術館へ一泊二日、ひとりで行きました。
とても充実した旅でしたが、その二日間のうちにどこかで移ったのでしょう。
帰宅して二日後に頭痛に発熱。
症状が出る部位も症状も毎日目まぐるしく変化するもので、頭も体もついていけませんでした。

🧨花火で例えると
インフルエンザ:打ち上げ直後派手な花火→徐々に消える。
COVID-19:打ち上がってから形態や色が変化しまくる花火。

【症状の変化】

頭痛いな

鼻の奥ちょっと痛いかも

39度の熱、頭痛、眼の充血

平熱、頭痛おさまる、眼の奥と喉に少し違和感

思ったより眼の奥が痛み、喉腫れる、少し咳出る

眼の奥の痛みと喉の腫れおさまる、咳出過ぎて苦しい

咳おさまる、鼻の奥が痛くなる(カビ臭い匂いしかしなくなる)

腹下し、嘔吐、嗅覚(カビ臭い匂い消える)

倦怠感、嗅覚なくなる、咳が止まらなくなる

味覚なくなる(未来の栄養食が何故四角く味気ないものなのか理解した。味覚も嗅覚もないと食事が楽しくないので不味くても栄養のあるものを優先して食べようとする。)

甘さを感じる(キャラメルがぼんやり甘い)

苦味を感じる(コーラがとても苦い)、咳を止めようと歯を食いしばる癖がつく

塩っぱい(ポテトチップスの塩を感じるがじゃがいもの味はわからない)
歯を食いしばる癖による頭痛

徐々に嗅覚と味覚を取り戻し、一週間後には回復

ただここで身体だけでなく問題があったことを振り返ってみる。
それは文字と会話についてだった。

コロナに罹っていたとき、私は家にひとりだったため、色んな人から生存確認ということなのか毎日のように連絡が来た。
更に海外からも英語で連絡が来ていたのだ。
それに応答する気力が全く出なかったのだ。
母国語でもかなり億劫。
反論すらできなくなっていった。
「本当は違うのに・・・でももう相手を気遣った言葉を考えることすらできない」
母国語ですら返信できないというのに、外国語なんて翻訳から更に変なところがないかの確認までしないといけない。
でも仕事も含まれる連絡だったので、これだけでもと必死で文章を作って送った。
体力の消耗と共に、脳を動かすこともままならなかった。
これがコロナによる倦怠感というものだと身をもって知る。

毎日連絡をくれたり、症状も落ち着いたからと外出しようと誘ってくれる友人がいたけれど、全て断っていると友人からの連絡は減り、そのうち離れていった。
自分が何故母国語ですら文字も会話もラリーが続けられなくなっているのかも理解できていなかったから、友人にその訳を話すこともできなかった。

あれだけ心配をしてくれて、気を遣って誘ってくれたのに、全てを拒絶したのは私だ。
仕方ないと思っていた。
でも「今この問題を解決しないと進めない」と色んなところから聞こえるようになってきた。
もちろん連絡を一切断つという選択もできた。
だけど、何か引っかかり続けている。

問題を解決しなくても「自分の身に何が起きて、どうしてこうなったのか」自分と向き合って考えてみた。
すると、コロナによって、体力を消耗し、考える余裕もなくなり、少なからず脳にも影響していたことがわかった。
人それぞれ症状が違うとは聞いていたけれど、私の倦怠感は特に言語野に出たのか、誰かとコミニュケーションのラリーを続けることができなくなっていた。
今までの自分と同じように、相手によって言葉を変え、選び、気遣い、楽しませることが出来ない。
コロナによって私の他者とのコミニュケーションの難易度が格段に上がっていったことはわかる。

今更元の関係に戻ることは出来ないかもしれないけれど、それをなるべく詳細に簡潔に友人に伝えてみようと思えるくらいにはなってきた。
1ヶ月以上経ってやっとここまで回復したのだ。
どう考えても誰も何も悪くないし、お互いに心に何か引っかかったままではよろしくない。
久しぶりに連絡を取ってみた。
心配してくれたこと、外出のお誘いをしてくれたことに感謝し、何度も断ったことについての理由も説明した文章を送った。
一方通行になっても、返信が来なくても仕方ないと腹を括った。

すると思いの外、すぐに返信が来た。
色々と思うところがあったようだけど、今までと変わりなく接してくれるようだ。
謝ってもくれたけど、本当に誰も悪くないから謝らないでほしいことも伝えた。
人にはそれぞれの視点がある。
だから私の伝えたことが全てそっくりそのままのニュアンスで伝わっているとは思わない。
けれどもその中でも散りばめた気持ちが少しでも同じように伝えられたらいいな。

今回はたまたま、元の関係があったこと、きちんと向き合って説明する余地もあり、結果的に良かったけれど、全てがそうなるとは思っていない。
私も元々、他人と長時間過ごすことが難しい性質を持っているから、人間関係を保つことすら大変なのだ。

でも、今回の件で「愛とは何か」が少しわかった気がした。

今までの私は「愛とは思いやりである」「愛とは自身である」と思っていた。
今は「愛とはお互いに思い伝え合えたときに起こる現象」だと考えている。
それは家族でも友人でも恋人でも、形は違えど同じことなのだ。
人間が何故たくさん存在するのか。
人間が何故自分以外の誰かや動植物を愛しいと思えるのか。
ひとりだけでは「愛」が完成しない。
対象が必要なものなのだ。
もちろん自分自身を対象としても良いと思うけれど、そのときは自身も他人と捉えてのこととする。

人はひとりで生きられないものなのだとコロナによって知ることになったあおりんごでした。